ぼくときみの過去未来





 分厚い、立派な表紙の中に、俺が知らないたくさんの律がいる。
 あぁ、やばい。何度見ても可愛すぎる。

 これの隠し場所である寝室の床に座り込んでにやにやしてると、風呂から上がった律が不意に入ってきた。
 どうやら髪を拭くタオルを取りに来たらしいが‥‥‥‥なんと間の悪い。
 手許に夢中になってて隠す余裕もなかった俺は仕方なく、目を瞠った律が何か言うのを待つ。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥高野さん。一応確認したいんですが、それはなんですか」
「お母さんがくれた」
「言い訳はいりません。それはなんですか」



 言い訳じゃなくて本当のことなのに。
 でも律がわなわな震えているのを見て、とりあえず問いに答えた方が賢明だと俺は判断した。



「お前のアルバム。しかも生まれてすぐからの全集大成」
「なんであんたが持ってんですか!!!」
「だからお母さんが」
「こないだ一緒に実家に帰った時パクって来たんですか!!?」
「人聞き悪いな。もらっていいですかって聞いたぞ」
「母さんじゃなくて俺に聞いてくださいっ俺の写真なんですから!!!」



 減るもんじゃないしいいだろ、と俺は文句を言いながらまたアルバムに目を落とした。

 生まれたばかりの律、幼稚園児の律、小学生の律、中学生の律。

 高校の律は知ってるけど、一緒にいたのはほんの短い期間だ。
 その後も留学中とおぼしき外国人と映っている写真や、小野寺出版の入社式の写真と続いている。
 こうして律の今までの人生を見ていると、それが俺の人生と二度にわたって交わった事実がすごく不思議になってくる。















 奇跡。















 他に言い表しようがない。

 それくらい、この出会いは貴重で、愛おしい。







「高野さん、いつまで見てんですか。返してくださいっ」







 ‥‥‥‥‥‥‥非常に残念なことに、俺の感慨は三日後の花嫁に伝わっていないらしい。
 結婚式の日程が決まっても、律は変わらない。
 相変わらずツンツンしてて、でもたまに、惚れてる方からすれば殺人ものの可愛い甘え方をしてくる。
 変わってもいいけど、変わらなくてもいい。
 俺が好きなのは律で、それだけはずっと変わらないから。



「ちょっと高野さんっ」
「ほら」



 律を大人しくさせるために差し出したのは、もちろん律のアルバムじゃない。
 ぺらぺらした普通の写真入れ。
 捨てるのもな、と思ってなんとなく保管しといただけのものだけど、役に立つかもしれない。















「‥‥‥‥‥それは?」
「俺のアルバムみたいなやつ」















 うちは親の仲が良くなかったり、学校でも人間関係より本を読む方が性に合ってて友達とかごくごく少数だったから、
 俺の写真は律に比べてかなり少ない。
 でも一応、物心つく前のやつとかあるし、エメ編に入ったばかりの時の飲み会で撮ったのもある。
 数はあんまないけど、律が知らない俺の軌跡だ。

 すると律は興味をそそられたのか大人しくなって、じっとアルバムを見る。
 猫じゃらしを前にしたソラ太みたいだ。



「ほしい?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ほしいです」



 素直で結構。



「じゃあ、お前のアルバムもらっていい?」
「うー‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はい」



 よし、交渉成立。
 してやられた、と苦虫を噛み潰したような顔をする律を、俺は手招きして隣に座らせた。






「それはそうと、律。すっげー大事な話があるんだ。正直に答えろよ」
「え? な、なんですか」
「お前とツーショットで映ってるこの男は誰だ?」
「いやっあんたそれ幼稚園の時の写真ですけど!!?」















 別々の人生を歩んできた俺たちは、お互い知らない過去の出来事がたくさんあって、
 写真を見るとその現実が突きつけられるようで複雑な気持ちになる。

 でもこれから先は、俺と律のツーショットが大半を占めるはずだ。
 同じ未来を歩むんだし、名字も一緒になるのを期に、再会してからの写真は全部同じアルバムに収めようか。
 きっときらきら輝く思い出の詰まった宝物になるだろうから。







 まさか、律のウェディングドレス姿だけで用意した真新しいアルバムが埋まろうとは、さすがの俺もこの時は予想していなかったけど。