駐車場を出て携帯が圏外を脱してすぐ、着信が入った。
いや、もしかしたらずっと鳴らしていたのかもしれない。
「はい」
『あっ高野さん、今どこですか!?』
届いた声は、部下兼元恋人。
からかってやろうかと思ったけどやめた。
なんだか、声音が必死で。
「…どうかしたか?」
『あの、ちょっと困ったことになってて…今どこにいますか?』
「ああ、今…」
「あっいた!」
エントランスに入った途端、電波越しではないリアルの声が響く。
なんでまだこんなとこにいるんだ。先に帰ってたはずなのに。
しかも何か、綺麗とは言い難い布を抱えている。
………抱えている?
「あの、あの、この子どうすればいいですかね? そこに捨てられてたんですけど…」
焦りまくっているその腕の中を覗きこんで、ぎょっとした。
子猫だ。
しかもまだ目が開いたかどうかくらいの。
「どうするって、動物病院だろこれは」
「もちろん探してたんですけど、二十四時間やってるとこはこの辺になくて…高野さんならソラ太のことがあるから対処とかわかるかなと思って」
「無理言うな、あいつはこんな生まれたてじゃなかったぞ」
さすがにこんなちっこいのは手に負えない。
俺はすぐに判断を下した。
「車乗れ」
「え?」
「動物病院行くから」
「え、でも」
「車で行ける範囲には絶対あるだろ。もっかい調べてくれ」
「あ、わっわかりました」
駐車場に舞い戻り、即エンジンをかける。
あとは小野寺の少々頼りないナビに従い夜の、正確には真夜中近い道を走った。
液晶から目を離すと、そいつはちょいちょいと猫の頭を撫でているようだった。
ミニチュアだから人差し指一本で事足りるだろう。
「…お前さ」
「まだまっすぐです、たぶん」
「なんでそいつ拾ったの?」
純粋な疑問を投げかけると、そいつはやっとこちらを向く。
「なんでって…」
「お前猫ダメだろ? なのになんで助けようなんて」
「え? だって」
その答えは、まるで当然のように。
「高野さんも拾ってたじゃないですか」
だからなんだと重ねて聞こうとしたけど、俺は結局そのまま口をつぐんだ。
きっとこいつにとっては、それが答えで、正解なんだとわかったから。
高校時代、俺がしたことを見ていた律。まるで少女漫画みたいに。
そして十年後、捨て猫を見つけて同じ行動を取った。
確かにそれは、言ってしまえばそれだけのこと、なんだろうけど。
「あー…」
「なんですか?」
「なんか今すげーお前にキスしたい」
「運転に集中してください」
つれないことを言いながら、律は眠る子猫をそっと抱きしめ直した。
場所は再び夜のエントランス。
やけに弾んだ声音が話をしていた。
「そうなんですか、よかったです! はい、いいえこちらこそ、本当にありがとうございました!」
「…誰」
「ッぎゃああ!?」
電話を切ると同時に真後ろから声をかけると、そいつは飛び上がってこっちを見た。
「なっ高野さん、脅かさないでくださいよ! ていうか近っ」
「今の電話誰」
被せるようにしてもう一度問うと、小野寺はちょっと瞬きしてから答える。
「動物病院ですよ、この間連れて行ってもらった。あっそれで、あの子貰い手が見つかったそうですよ! 今それ聞いて!」
「ああ、」
ずいぶん嬉しそうだった。
怪我もしていないし心配ないと獣医に言われてもずっと気にかけていたから、ほっとしたんだろう。
でもなんだか少しだけ、寂しそうで。
不器用ながらも、母親が子どもを抱くようにしてあやしていたこいつを思い出す。
「…そんなに可愛かったなら飼えばよかっただろ」
「え?」
「俺世話わかるし。俺たちの子どもとして育てるなら一緒に育ててやったのに」
「いやここペット飼えないし、やっぱ俺動物苦手だし…俺たちの子どもならそりゃああんたにも、」
ぴたりと、小野寺が口を閉じる。
さすがの俺もとっさに何も言えず、沈黙が流れる。見つめ合ったままで。
……ぼんっと音がした、気がした。
「っぇええ!? あ、あのっいやあの、今のは……!!」
「…へえ、お前そんなふうに考えてくれてるんだ」
「い、今のは違…っ!! あ、あんたが、変なこと言うからっ、」
「やべえ可愛い」
「なっっば、馬鹿にしてッ」
「してねーよ」
むしろ嬉しいんだよ、気付けよ。
こんな心臓壊れそうなのに。
ちょうどエレベータが来たのでそいつを中に押し込み、あわあわと無意味に振られる手をぎゅっと握って。
思いっきり抱き寄せて、深くキスをした。
こんてぃにゅー