そして俺たちは、二人で指輪の捜索を開始する。
 俺はいつも終電前に帰ってたけど、今日は上司兼隣人の車があるから、時間は気にしなくていい。
 とはいっても一応明日も平日で、そんなに遅くまで居るわけにはいかないけど。







「指輪って、下手すりゃ結構転がるよな‥‥‥‥‥」
「んー、でもさすがにエメ編内にあると思うけど‥‥‥‥‥」







 なんとか、見つけたい。
 この人が探す気になってくれた今日のうちに。
 でも俺たちの机の下は、ペンやらカッターやらの文具の予備がぎっしり入った段ボール、使う頻度の少ない雑貨を詰め込んだ箱、
 裏紙入れ等が混在して埃を纏ったカオスになっている。
 そういうものをひとつひとつどけたり、下手すれば中まで漁ってみなきゃいけなくて。
 でもここにあることは確かだし、俺がくじけるわけにはいかない。
 二人して机に潜り込んで、かがみ込んで、周囲に目を凝らした。







「‥‥‥‥‥‥、‥‥‥‥‥‥‥‥‥なあ、律」
「なに? あった?」
「いや、その、‥‥‥‥‥‥‥‥お前、俺が指輪なくしてから、毎日探してんのか」
「あーうん。だって探す気配ないから。かといってあんたのものだし、俺が探す宣言するのもなって思ったから、
 まあ内緒のボランティア的な感じで」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なんで、



「あ、?」











 よせた段ボールの、影。

 綿埃に隠れるようにして、それはそこに留まっていた。







「‥‥‥‥律?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なくした指輪って、銀色?」
「あ? ああ」
「じゃあ、あった、かも」
「え、」
「これ」







 差しだそうとして。
 ふわふわしたゴミが纏わりついてることに気付き、慌てて払った。
 その時つい、内側を見てしまったんだけど。



















「‥‥‥‥‥‥何も彫ってないんだ?」



















 なんだ、てっきり婚約指輪とか結婚指輪とかだと思ったのに。
 でも上品な光を放つそれは、質素だけど安物じゃなさそうだ。
 どういう指輪なのか気になりつつ、だけど教えてもらえないのを聞くのも憚られて、俺は大人しくそれを持ち主に返そうとする。

 なのに、その人はそれを凝視するだけで手を伸ばそうとしない。











「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥彫りたかったよ」
「え?」
「彫ろうと、思ったよ。でもそんなんじゃ駄目だって、今度こそちゃんと、ちゃんと言わなきゃ駄目だって思って、やめた」
「‥‥‥‥‥‥‥あの、?」

「本当はずっと言いたくて、でも、どうしても言えなくて。それでも傍にいてくれるから甘え続けてた。
 だけど今までの十年はなんとか一緒にいてくれたけど、これから先はとか考えたら、すげー不安で。
 いい加減愛想尽かされても全然おかしくなくて、だからその前になんとか繋ぎとめたくて、それ買えば言えるかもって、
 てか、あーーー‥‥‥‥‥‥‥‥違う、んなこと言いたいんじゃなくて、」











 心底もどかしそうに自分の髪を掻き乱すその人。
 違うって何が違うんだ。
 俺もう泣きそうなんだけど。

 今の言葉、全部俺にくれるの?
 全部俺に向けられてるって、自惚れていいわけ?



 その人は。
 どうすればいいかわからない俺の手に触れて、指輪をぎゅっと握らせた。
 両手で包み込むようにして。















 潤む視界に映るその人の眼には、泣き出しそうなほどの困惑と、恐怖と。



















 それを凌駕する、決意。





























「‥‥‥‥‥‥好きだ、律」





























「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥っ、」

「すげー今更だけど。こんなこと言う資格、ないかもしれないけど。‥‥‥‥‥‥散々傷つけたし、」
「え‥‥‥‥‥‥?」











 頭が現状についていけなくてとりあえず聞き返すと、その人はびくりと肩を震わせた。
 また不安が膨らんだのか、視線が床をうろうろ彷徨っている。







「‥‥‥‥‥‥なあ、律」
「な‥‥‥‥なに、」
「お前、高校の時、一回だけ『俺のこと好き?』って聞いたよな」
「っ、」







 息を呑んだ。
 それはずっと、思い出さないようにしてきた記憶。
 切実な問いを鼻で嗤われた、あの時から。

 もうそれを最後に離れようとしたんだ。
 でも数日の間泣き続けて出した俺の結論は、それでも傍にいるっていうのだった。
 この人が、心を許すものを作ることに抵抗があることは、薄々感じていた。
 だけど俺は、たとえ一方的であっても、些細であっても、ちょっとした支えになれたらと願っていたから。

 何も望まず。

 ただ、寄り添おうと。



















 ‥‥‥‥‥‥‥‥ショックだった、けど。



















 無意識に強張る俺の背中を、その人が慌てたように撫でる。







「ごめん、ごめんな。ずっと謝りたかった‥‥‥‥‥傷つけたこと、ずっと」
「そんなこと‥‥‥‥‥‥忘れてると、思ってた」
「忘れるかよ‥‥‥‥‥本当に後悔したんだ。正直に好きって言えないからって、あんな態度‥‥‥‥‥‥
 しかもお前、何日か学校休んだと思ったら、またいつも通り接してきて。でも目腫れてて、死ぬほど自分が嫌になった。
 なのに謝れなくて、‥‥‥‥‥‥信じてもらえないかもしれないけど、俺、」

「まさむねさん」



 久しぶりに名前を呼んだら、俯いていたその人ががばっと顔を上げる。
 素早い反応に、俺はつい笑ってしまった。







「反省してるのはもうわかった。でも俺、謝られるよりもっと、欲しい言葉があるんだけど」







 何を、なんて。
 言わなくてもわかるよね?
 曲がりなりにも、十年。
 ずっとずっと傍にいたんだから。







 でもさ、政宗さん。





























「‥‥‥‥‥‥‥‥愛してる、律」





























 さすがにそれは、反則でしょ?







 自分から望んだくせに涙腺が決壊してしまった俺を抱き込んで、その人は心底愛おしそうに、その言葉を繰り返した。
 俺の髪を撫でる手は、いつもと同じ。

 まるで、宝物に触れるみたいに。











 運命の指に填る時を待ち、未だ俺が握りしめるリングは、ゆっくりと俺の体温に馴染んだ。






いまさら、しあわせ、んげーじ。






(にしてもまさか、ロマンチストと名高い編集長の一世一代の告白舞台が職場とは‥‥‥‥‥)
(俺もこんなつもりじゃなかったんだよ、‥‥‥‥‥‥‥ベタベタだけど、ホテル最上階のレストランとか一応探してたし、)
(‥‥‥‥‥じゃあ、これからどうするの)
(‥‥‥‥‥とりあえず軽くドライブでもして、夜景バックに誓いのキスとかいかがですか)
(‥‥‥‥‥‥‥‥異議なし。)