Forever ☆ Forever
「律を俺にください。もらえないなら掻っ攫います」
俺は開口一番、律の両親に言った。
するとその場にいた俺たち以外の三人は、異口同音に「仕方ない」と言った。
「そこまでおっしゃるなら仕方ないわね」と律の母親。
「たった一年で月刊エメラルドを立て直すほどの編集長なら仕方ないな」と律の父親。
「律っちゃんがそれで幸せなら仕方ないね」と、なぜかこの場にいる、律の元婚約者の小日向杏。
仕方ない、というのは、本来であれば諦めを含んだ不名誉な言い回しだ。
しかしそれでも俺を、というか俺たちを認めざるを得ないというのは、俺にとってようやく手に入れることが出来た至福。
これから一生、律と一緒にいてもいいという、他の誰でもない律の両親からのお墨付き。
駄目だと言われても無視するつもりだった。
でもやはり、認めてもらえたのは素直に嬉しい。
俺は自然に、「ありがとうございます」と再度頭を下げていた。
「まあ‥‥‥‥、ここまで君たちのことが公になっては、今更覆しようもないからな」
「まさか杏ちゃんの携帯にまで、巡り巡ってチェーンメールが届くとは思わなかったよ」
律が少し引き攣った笑みを作るのも無理はない。
俺が「こいつは俺のもん」と周りを牽制するつもりで、知り合いのほとんど全部に回した、横澤が録画してくれた俺たちのキス動画。
それが怒濤の勢いで連鎖を繰り返し、僅か半日で元婚約者にまで流れたらしい。
恐るべし現代ネットワーク。
俺としては願ってもないことだが。
ちなみに今俺たちがいるのは小野寺邸。
仕事に一区切りつけてから、揃って律の両親に会いに来た。
例の動画を流してからやっと一日が経とうとしている。
恐ろしく長い一日だったな。
「そういえば律、井坂さんが式場もウエディングプランナーも用意してくださったそうね」
「そうなんだよ‥‥‥‥本当困ってるんだけど」
「困ることはないじゃない。そうと決まれば早く結婚してしまいなさい」
「そうよ律っちゃん。みんな楽しみにしてるんだよ?」
「テレビカメラも呼んで実況させるか」
「「それいいわね!!!」」
結婚には俺も律も乗り気だ。
しかし結婚式に関して、当事者以上に周りが盛り上がっている気がするのは気のせいじゃないだろう。
結婚雑誌片手にドレスやタキシードはこれがいいと進言してくる丸川書店の社員しかり、
式の招待状はもう俺たちの知り合いや仕事仲間一同に送ったとのたまう井坂さんしかり、目の前にいるこの三人しかり。
ふと横にいる律を見ると、たまたま目が合って、俺に苦笑いしてみせた。
「つ、つかれた‥‥‥‥‥‥」
「さすがに俺も疲れた」
運良く電車は空いてて、座席に二人してへたり込み、深々と息を吐き出す。
きっかり定時に会社出てきたのに、五人で夕食を食べていたら結局終電になってしまった。
俺の肩にぐったりもたれていた律が、ぽつりと声を掛けてきた。
「‥‥‥‥高野さん」
「ん?」
「なんか、すごいことになってますね。俺こんなに早く親にカミングアウトするとは思ってませんでした。‥‥‥‥‥‥結婚もですけど」
「そうだな。俺ももうちょっと時間かけるだろうと思ってた」
式だって、俺たち二人だけとかエメ編部員だけとか、小規模なものを漠然とイメージしていた。
まさかここまで、周りの勢いに圧倒されることになろうとは。
まあでも、こんなにもたくさんの人が祝福してくれるなんて、俺たちは本当に恵まれてる。
それは律も感じてるんだろう、疲れた顔に幸せそうな笑みが混じってる。
「高野さん。俺さっき、すごく嬉しかったです」
「なに?」
「うちの両親に、『律を生んでくれてありがとうございます』って言ってくれて」
「ああ。俺のことが認められても認められなくても、それだけは言いたいってずっと思ってたからな」
そうしたら、こいつのご両親は涙を流してくれて。
そんなふうに思ってもらえる人に、律が出会えて本当によかったと、返してくれた。
「俺と家族になったら、うちの両親ももれなくついてきますけど、安心しました。たった一日ですごく打ち解けてて」
そう。
あの人達は、俺の「おとうさん」と「おかあさん」になる。
まだ籍は入ってないけど、もう“律の”ってつけなくていいからと二人は笑ってくれて、不覚にも泣きそうになった。
俺の人生の中では、すごく遠かったその響き。
他の誰でもない律の両親をそんなふうに呼べる日が来るなんて、考えてもなかった。
律と家族になれればそれでいいと思ってたのに。
律の家族が、俺をその中に入れてくれる。
「‥‥‥‥‥なんかお前といると、幸せにきりがないんだよな」
「何言ってんですか。まだまだ序の口ですよ」
「そうだな」
誰もいないのをいいことに、俺の腕に腕を絡みつけてくる可愛い律。
満たされたような笑みが愛おしくて、その額にキスをした。
俺と律のための結婚式。
俺が式場に入った時間は、冗談抜きで数分だった。
律に至っては、一歩として足を踏み入れることはなかった。
ドアを開け放つと、視線が一斉に集まる。
俺はその全てを無視して、適任だということで司会に選ばれ舞台の上に立つトリのところへ真っ直ぐ向かった。
珍しく困惑の表情を浮かべるその手からマイクを引ったくり、振り返る。
舞台が明るすぎてよく見えないが、そこにいるのは同僚、お偉方、律の両親、知り合い、親戚、同級生、その他諸々。
テレビは本当に来てるんだろうか。
まあ何にしろ関係ない。
俺は軽く息を吸い、宣言した。
「俺と律の結婚式にお集まりいただいてありがとうございます。申し訳ありませんが、律は来ません」
途端にブーイングが二人分。
木佐と美濃が「高野さん、花嫁のドレス独り占めする気かよ!!」とかわめいてる。
よくわかってんじゃねーか、と俺はついついにやつく。
「ああそうだ。律のあんな綺麗なウェディングドレス姿、他の輩に見せられるか」
もちろん似合うだろうと思っていた。
何せ俺が選んだドレス。
残念ながら試着は仕事の関係で見られなかったが、逆に俺は今日が楽しみで楽しみで仕方なかった。
しかし。
更衣室であいつを見た途端、自分が甘かったと思い知った。
見せられない。
誰にも見せられない。
この律は俺だけのものにしたい。
式になんか、人目になんか出せない。嫌だ。無理だ。
「すみません、そういうわけなので。あ、俺と律はもう夫婦ですのでご心配なく」
俺は言うことだけ言い、しーーんとした会場をさっさと後にする。
早く、更衣室で一人待たせている新妻の許へ。
そしてそのままの格好でさっさと家に帰り、俺たちの新婚初夜が真っ昼間から開催されたことは、まあ言うまでもないだろう。
「高野さん、これ確認してほしいんですけど」
「ああ」
足音も気配もなく、美濃が机の横に立つ。
俺はそれを受け取りながらさりげなくパソコンを閉じたが、ちらっと見られてしまったらしい。
わざとらしくにやりと笑う美濃。
‥‥‥‥‥‥狙ってたな、こいつ。
「あれえ? 高野さんのパソコンのデスクトップってもしかして、誰にも見せなかったウェディングドレスの小野寺くんですか?」
「「ええ!!?」」
がたん!! と椅子がひっくり返りそうな音。
一人は木佐、もう一人は小野寺だ。
トリは立ち上がりこそしなかったものの、手を休めてこっちに目を向けている。
「高野さん、見せて!! マジ見せて、一生のお願い!!!」
「‥‥‥‥かなり興味あるんですが」
「俺ももっとちゃんと見たいんですけど?」
「だ、駄目ですよ、絶対に駄目です!!! ていうかどの写真ですか、変なのだったら即離婚しますよ!!!」
こっちに来ようとする木佐を押し止めながら問い詰める小野寺は、一瞬で仕事モードが抜けたらしく、
俺に向ける目が完全にプライベート用になってる。
だから俺もいつものように咲いかけた。
「お前が嫌がることはしねーよ。安心しろ」
俺のパソコンの壁紙は、律や俺とのツーショットオンリーで構成されてる。
遊園地やら海やらのデート中に撮ったやつとか、家で普通にコーヒー淹れてるのとか寝顔とか、あと例のキス動画の一場面とか。
そして今、真正面を陣取ってるのは、美濃の言うとおりウェディングドレス姿の律。
お持ち帰りする前、律の着付けやメイクをしてくれた女性にお願いして撮ってもらったやつだ。
あっちも相当乗り気になってばしゃばしゃシャッター押し続けてくれたからそれだけで何十枚にもなったけど、
今一番のお気に入りは俺が恥じらう律の頬にキスしてるやつだ。
少し瞼伏せてるところとかたまんねー。
長い睫毛で少し影ができてるし、耳まで赤くなってるし。
いやでも、目の前で真っ赤になってるリアル律も最高に可愛い。
というか律ならなんでもいい。
俺がでれでれしてるのを見て、トリがあからさまに溜息をつく。
「全く‥‥‥‥‥結婚式、高野さんがいなくなってから大変だったんですからね。
いつまで待っても戻ってこないし、スタッフさんに聞いたらもう帰ったなんて聞かされて」
何言ってんだ、それだけじゃないくせに。
呆れ顔のトリと、律に羽交い締めされたまま写真見たい見たいとわめく木佐に対し、俺は目を細めた。
「ああ、聞いた。その後、人集まってるし結婚式で誰も結婚しないわけにいかねーから、俺の部下が二人結婚したってな」
「「‥‥‥‥‥‥‥‥!!!!」」
「木佐、お前俺たちも馴染みの年下の王子様と、相当熱烈な誓いのキスをしたそうだな。カメラの前で」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!!!!!!!!!」
「トリ、お前うちの大先生のご両親に、絶対幸せにしますからって宣言したらしいな。カメラの前で」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!!!!!!!!!」
そいつらは最早ぐうの音も出ないらしく、ぐったりと脱力する。
俺の律のウェディングドレスを見ようなんて百万年早いんだよ。地球が消滅したって有り得ない。
ふん、と鼻を鳴らしてやると、美濃がにこにこしながら俺を見下ろす。
「あの二人はきっちり高野さんから恩恵受け取ってますけど、僕はないんですよねー」
「あいつらの見物料で充分だろ」
「ご冗談。パソコンって結構セキュリティゆるいですから、大事な写真保存してるなら気をつけた方がいいですよ」
「大丈夫だ、万全を期してる」
「どうでしょうね。裏かかれる可能性だってなきにしもあらず、ですよ?」
‥‥‥‥‥‥‥お互い一歩も引かず、視線がばちばちと火花を散らす。
俺の律のベストショットを狙うとはいい度胸じゃねーか。
あいつを見せびらかすのは嫌いじゃないが、俺だけのものにしたいって気持ちもあるんだよ。
「えー、と‥‥‥‥‥高野さん?」
おずおずと声を掛けられそっちを向くと、律がすぐそばに立っていた。
俺は微笑んでその腕を掴み、ひょいと律を膝の上に座らせる。
お姫様抱っこするような感じで。
律は自然に俺の首に腕を回す。
「高野さん、ホントに変な写真じゃないですよね?」
「お前の言う変ってなんだよ。お前の写真写りは最高だ。何してても可愛い」
「何してても、の『何』の部分が問題なんですよ。政宗さんはなんでもかんでも残しておこうとするから‥‥‥‥」
「記憶なんて役に立たねーって、お前といられなかった十年でよくわかったからな。
もう絶対忘れないように、出来るだけたくさん取っておきたいんだよ」
「そりゃ、今が一番若いですけど」
「そうじゃない。何十年経っても、俺はお前の写真撮り続ける。
それで昔の写真とかも見て一緒にいろんなこと思い出して、笑い合えたらいいなって。それが俺の最後の夢」
「政宗さん‥‥‥‥」
この場に恋人がいない部下二人の呪詛の言葉が聞こえるような気もするが、甘えてくる律が可愛すぎて右から左。
カッターのカチカチ音も以下同文。
生の律の甘えシーンをタダで見させてやってんだから、ちょっとくらいいいだろうが。
そっと繋いだ律と俺の左手の薬指には、お揃いの銀色のリング。
高級品っていうわけじゃないし、飾り気もない質素なリングだけど。
この幸せが一生続くっていう予感じゃない確信が目に見えるのは、すごく嬉しいこと。
「律‥‥‥‥」
「はい」
「愛してる」
「俺もです」
輝きを増すばかりのこのやりとりが、夜空で煌めく星の数を超えても。
俺たちの初恋は終わらない。