人間は他人とわかり合えない。
 いや、時に自分のことですらわからなかったりする。
 それなのに誰かと関わりを持とうとする、微妙で適当でアバウトな生き物。


 もちろん、俺も、この人も。





「‥‥‥‥‥‥高野さん。いい加減鞄返してください」





 三回目か四回目の要求。
 それでやっと、俺の手許に鞄が戻ってきた。
 ああもう、こんな余計なもの持ってくる予定じゃなかったのに。

「あの、高野さん」
「何か食いたいもんあるか」
「それよりなんで俺まで連れ出したのか説明してもらいたいんですけど」



 昼休み。
 エメ編は全員揃ってたから、木佐さんがみんなで食べに行こうって言い出した。
 羽鳥さんも美濃さんも二つ返事でオッケーしたし、俺も大賛成だった。
 俺たちはチームを組んで同じ雑誌を作ってるわけだし、もっと密になったって損なんかない。
 だからまさか、否を唱えるヤツがいようとは思いもしなかった。




『俺と小野寺はパス』




 立ち上がりながら、編集長は確かにそう言った。
 木佐さんの「えーなんでー」というブーイングをものともせずその後ろを通り過ぎ、俺のところに来る。

『約束してたから。なあ小野寺』
『‥‥‥‥‥‥は?』
『とっとと行くぞ。休みが減る』
『え!? あっ、ちょっちょっと!!』

 そして、財布を探してる最中だった俺の鞄を引ったくられ、俺は人参につられる馬みたいにそのまま連れ出されてしまったわけだ。




「‥‥‥‥‥‥で、高野さん」
「何食いたい?」
「いや、あの」
「奢ってやるから」
「‥‥‥‥頭でも打ったんですか?」
「お前俺をなんだと思ってんだ」



 会社を出ると、同じく昼休みなのだろう、サラリーマンやOLが道を行き来している。
 その中に混じって駅の方向へ足を向けながら、高野さんがようやく振り返った。

「お前と昼飯食いたかったから誘った。不満そうだから奢ってやる。以上」

 意味不明だ。
 そんなにしてまで俺と食べようとする必要性がどこにある。
 いい顔しないってわかりきってるだろうに。



「‥‥‥‥‥お前といると楽なんだよ」



 俺が眉をひそめると、それだけでその人には思考がばれてしまったらしい。
 的確な返答、しかし予想外の理由に、俺は驚いて視線を上げる。
 隣にいる高野さんはそれに気付いて、目を細めた。

 あ、この顔。
 会社では絶対、しない顔だ。

「お前は感情とか考えてることとかすぐ顔に出て、わかりやすいからな」
「‥‥‥‥‥‥‥‥貶してるんですか?」
「褒めてんだろ。お前は決定的に嘘が下手くそだ。表面がいくらひねくれても、根が素直で直球なままだからな。
 まあ社会人としちゃ致命的かもしれんが」

 絶対貶してるだろ!!!
 自分の足りないところを無遠慮に指摘され、俺はふてくされる。
 確かに、印刷所との交渉とかでも、咄嗟に上手い嘘が思いつかなくて思考がフリーズすることなんかざらで。
 で、嘘つこうとしてるのがばれて、結局は謝り倒す羽目になる。
 どうせ不器用ですよ、俺は。
 そしたら上から、くっくと笑い声が聞こえて、ますます機嫌が落ちる。

「褒めてんだって。お前といると俺も変に気張らなくていいし、落ち着くんだよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」





「お前のそういう、世の中の汚ねーとこに染まらないとこも、俺は好きだ」





 ちょん、とほっぺをつつかれて。
 俺は一瞬顔を上げそうになったけど、必死に堪えた。
 駄目だ。
 どうして俺はすぐ赤くなるんだ。
 だからこうやってからかわれるのに。

「‥‥‥‥‥で?」
「え、」
「何食べたいんだよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥うなぎ?」
「浜名湖行くか。天然ものじゃなくていいなら」
「いや適当言っただけですよ!! 何時間かかる昼食ですか!!」

 突っ込まれたくないとこは突っ込んでくるくせに、なぜ突っ込むべきところで突っ込まない!!!
 俺が非難の眼差しを向けると、高野さんはふっと咲った。

 仕事の直後だからわかるけど、この人本当に、表情が違う。
 気を抜いているんだろうか?






 ‥‥‥‥‥‥俺相手、だから?






 いやいやいや自惚れるな俺はこいつとは違うんだ、と思いつつも、俺はほんの少し、意味もなく嬉しくなってしまう。

「‥‥‥‥‥‥高野さんは、どこがいいんですか」
「俺?」
「ホントに奢っていただけるなら、どこでも文句言いませんよ」
「そうだな‥‥‥‥‥じゃあこっちの道入るぞ」

 突然、腕を掴まれ、真横の細い道に入った。
 人通りが一気に半減する。

「こっち蕎麦屋あるから、そこにしよう。美味いし静かだし」
「あ、はい‥‥‥‥いや、それはいいですけど、腕離してもらえませんか」
「恋人繋ぎがいい?」

 にやにやしながらふざけたことを言うので、俺はとりあえずその人のふくらはぎを蹴ってやった。















「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あの、高野さん」
「何」
「なんでこっち見てんですか」
「癒されるから」
「ふざけないでください。鬱陶しいです。せっかくお蕎麦おいしいのに味が落ちる」
「デコ出せば? 昔みたいに」
「これ以上童顔に見られたくないんです」
「いーじゃん、可愛いだろ」
「‥‥‥‥‥‥!!!」
「ま、そっちもいいけど。可愛いし」
「‥‥‥‥‥‥!!!?」







 結局俺は昼食代と引き替えに、昼休み丸々、高野さんの視姦プレイに耐え続けるはめになった。






そんな下がり






   +++ende+++
 それでも「もう高野さんと一緒にご飯なんか食べるか!!」と思えない律っちゃん(笑)

 琉姫様すみません、こんなんで本当にすみません!!!
 返品も書き直しもさせていただきますのでご遠慮なく!!!(汗)