Darling





「……ほんとにもう、信じられません……!!」
 そう言って散々ごねる律を愛車の助手席に押し込んで、俺は静かにアクセルを踏んだ。
 フロントガラス越しに見えるのは雲ひとつない真っ青な空。これ以上にないほどのドライブ日和だ。

 最近は休日にも仕事が入ったりしてのんびり日の光や爽やかな風を感じるような過ごし方とはずいぶんご無沙汰だったから、完全オフのこの機会にちょっとアクティブなデートプランなんてものを律はいろいろと考えていたらしい。
 2週間ほど前に木佐から聞いた時期的にはちょっと早い海辺のデート話の影響もかなり大きく、海に行きたい、傍に水族館がある海がいいとやけに具体的にリクエストするので、今日のちょっと遠出のドライブデートと相成った。

 と、ここまではいい。
 珍しく律が行きたいとせがんで実現したドライブデート。
 なのに、なぜこんなにご機嫌が麗しくないかと言うと。
 まあ、つまり、アレだ。
 俺が朝、ほんの少し羽目を外したってだけ。
 そうは言ってもなんだかんだで最後は律だって嬉しそうに抱きしめ返してくれたわけだから、俺だけのせいだとも言い切れないよな。

「いつもいつもいつも! 高野さんがこんなだから、俺たちの週末は昼夜逆転なんですっ!! ものすごく不本意なんですけど!! 知ってますか?! 早起きは三文の徳なんですよっ?! 一日24時間しかないのに、見てください!! もうすぐ11時じゃないですか!! おまけにこんなに渋滞して……いったいいつになったら俺は海が見られるんですか?!」

 眉を吊り上げぎゃんぎゃん喚いて、最後にはまるで俺に反省の色がないと冷たい視線を投げつけてくる。
 運転しながらでも横目で見えるお前のそのコロコロ変わる表情が、俺は可愛くてしょうがないよ。
 これじゃほんとに好きな子をいじめて気を引きたい小学生のガキだよな。  

 これ以上律の機嫌を悪くするとせっかくの休日が台無しだから、俺は努めて心から反省していますと神妙な顔をして見せる。ついでにほんの少ししょんぼりオプションも付けてみた。

「…………まあ、俺だって、結局流されちゃったわけ、ですし……高野さんのせい、だけじゃないのかも、しれませんけど…………」

 まだ顔はちょっと怒ってる風を装ってるけど、窓から入ってくる風にサラサラと揺れる髪の間からのぞく形のいい耳はほんのりと赤い。
 ああ、ほんとに参った。
 完全にお手上げだ。

「……律」
「……はい?」

 前を向いたまま声を掛けると、律は窓の外を見ていた顔を素直にくるりとこちらに向ける。
 その瞬間、右手はハンドルに残したまま。
 俺はさりげなく、チュッと小さな音を立ててその唇にキスをした。

「……なっ……なっ……なにやってんですか?!」
「なにって、お詫びのしるし?」
「ちゃ、ちゃんと前見てください!! 運転中は余所見しない!!」

 一気に顔を真っ赤にして、心臓の辺りをぎゅっと握り締めて。
 声を荒げたせいで少し潤んだ上目遣いで俺を睨み付けているつもりの律。
 思わずその柔らかな髪をくしゃくしゃと掻き回す。

「大丈夫。ほら、渋滞でまだ当分動きそうにないから」


 お前といると、こんな渋滞続きの退屈な時間さえも嬉しくて楽しくて幸せでしょうがないんだ。
 だからもう一度。
 仲直りのキスをしよう?


 まったくしょうがない人ですね。そういって綺麗に笑うので俺もつられて笑い返した。
 そして律がそっと目を閉じてくれたから、今度は少し長めのキスをした。


 大丈夫だよ。後ろからクラクションを鳴らされる前には終わるから。