11.春と
律が最近、恋愛系の小説にはまってる。
俺はそんなに興味ないから埃被ってるようなのが数冊しかないけど、律はそれを引っ張り出して、食い入るように読んでいる。
それだけじゃ物足りないだろうからと更に適当に借りてきてやると、それも熱心に読む。
何度も、何度も。
律はどっちかというと広く浅くタイプで、ひとつのジャンルに固執したことは今までなかった。
歴史物、サスペンス、自叙伝、ルポ、SF、哲学書、詩集にファンタジーに伝記等々、
作者や国や書かれた年代もいっそ無頓着なくらいで、最早共通するのは活字ってことだけだ。
なのに突然訪れた恋愛ブーム。
一体何があったのかよくわからないけど、ここ数週間はそれしか読んでない。
真剣な横顔は同じだ。
でも今は、読み終わった後も難しい表情をしている。
どうかしたのか、つまらなかったのかと聞いてみても、「んー‥‥‥‥‥」と生返事。
そして次の恋愛小説に手を出す。
どういう心境の変化なんだか。
その日も、律は恋愛小説を読んでいた。今日借りてきたそれは、映画化もした巷で流行の作品だ。
律は表情筋を1ミリも動かさずに読んでいる。面白いのか面白くないのか、それすらわからない。
俺は自分の手許に視線を戻した。
ふと目に入ったのは、「律」という漢字。
りつ、という名前にその漢字を当てることになったのはつい先日だ。
それからというもの、何かとこの字が目につくようになった。
なんとなく、指でそろりと撫でてみる。
もちろん、紙の感触しかしないけれど、でも。
「政宗」
ふと声を掛けられて、顔を上げる。
いつの間にか、律が本ではなくこちらに目を向けていた。
どうしたと問うても、じっと見つめられるだけだ。本気で穴が空きそうなほど。
ガン飛ばされてるわけじゃないけど、熱い視線というわけでもなく、訝しげなそれでもない。
ただ、ちょっと逸らしたくなるくらい、真っ直ぐで。
今までこんなことなかったから、少し困惑する。
「律‥‥‥‥?」
「ねえ、政宗」
「ん」
「俺、政宗が好きだよ」
不意打ちだった。
俺はいろいろ冷めてるところがあって、ちょっとやそっとじゃ動じたりしないけど、さすがに驚いた。
思わずまじまじと律を見返しても、その瞳はひどく静かだ。
まるで、たった今口にしたその言葉に、確固たる自信があるかのように。
「り、」
「最初は、よくわからなかったけど。でももう確信持てたから」
「‥‥‥‥‥、‥‥‥‥‥‥‥‥もしかして、だから、本」
「うん。どんなもんかなぁと思って読んでた。共感できないのもあったけど、でも、基本的に間違いじゃないと思う」
そういうところが、変に真面目な律らしい。多分中途半端な感じで俺に言うのが嫌だったんだろう。
だから本を読むことで律なりに勉強してたってことか。
告白というものをされるのはこれが初めてじゃない。むしろ片手じゃ足りない程度にはそういうことがあった。
でも俺はどういう類の感情を向けられているかわかっても、どうしても理解はできなくて。
だから適当に付き合ってみて、何もないまま別れるっていう、そんなことを繰り返してきた。
でも今は、違う。
肚の底から沸き上がるのは感じたことのない歓喜。
ああ、これが。
この気持ちが。
「――――――――、律、」
「うん」
律の顔がぼやけるのは、どうしてなんだろう。
「俺も、律が好きだ」
震える声でなんとかそう伝えれば、律は。
「うん。知ってる」
とびっきりの笑顔でそう言って、俺の胸に飛び込んで来た。
「よろしく、政宗。これからずっと」
「、‥‥‥‥こちらこそ、」
今俺の腕の中にいる律は、人間じゃない。
こいつは何も変わらないのに俺だけが成長して年を取る、時間の流れの違う俺たちが一緒にいるのはどこか歪なのかもしれない。
でも頬に感じる髪のやわらかさも、服越しに感じる体温も、伝わる鼓動も、律の全てが愛おしいから。
どうか、このままずっと。
出来る限り長い間、二人でいる時間が続くように。
しっかり抱きついてくる腕に応えながら、俺は祈りを込めて目を閉じる。
窓の外では、たくさんの桜の花びらが風に吹かれて舞っていた。