2.気まぐれと
最近聞き慣れた鳴き声が、した。
「‥‥‥‥‥‥あっ! ねえねえ、あそこに猫がいる!!」
「え? わ、ホントだ!! かわいい〜〜!!」
「しかも小さいよっ子猫〜〜やばい〜〜っっ」
「めっちゃ触りたい、てかほしい〜〜っ」
放課後、校門前で女子が騒いでいた。
きんきんと響く黄色い声。正直耳触りだ。
一体何がそんな声を発させているのかと、他のヤツらと同じように無意識に視線を走らせる、と。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「にゃん」
俺が手を伸ばしても届くか届かないかの高さがある塀。
その上に、白と黒の猫がいた。
人間にじろじろ見られてもおいでと言われても、お高くとまったそいつはその全てを綺麗に無視して、マイペースに顔を洗っている。
掌に乗るくらい小せーのに、よくあんなとこ上るよな。
それに、見た目はホントに子猫なのに、実際は俺らなんかよりずっと年上っていう詐欺。
その時俺は、はたと疑問に突き当たった。
あれは本当にりつなのか、と。
見た目は同じだけど、もしかして本人じゃないかもしれない。
もしそうだとして、そもそもここに来る理由がわからない。
そんなことを考えている間も、猫は塀の上から動かなかった。
人間に騒がれて煩わしいだろうに、じっとしている。
まるで、何か待ってるみたいに。
「‥‥‥‥‥りつ?」
試しに、呼んでみた。
普通に喋るくらいの声だし、周りがうるさいから、そんなに期待してなかったのに。
猫が、俺に目を向けて。
「にゃあぁ」
とびっきりの甘い声で鳴いた。
「え、何?」
「わっ、ちょっ猫ちゃん!!」
華麗な跳躍でギャラリーを飛び越えた猫は、真っ直ぐ俺のところへ来た。
半信半疑のまましゃがんで手を伸ばすと、するするとよじ登ってくる。
「‥‥‥‥りつ?」
「にゃあん」
返事するところからして俺の言ってること理解してるし、やっぱりりつらしい。
でもこんなべたべたしてくるのはかなり珍しいな。
学ランに顔を擦りつけるのを少々困惑しながら眺めてると、
さっき騒いでいた女子達が、りつが逃げないように恐る恐るって感じで近づいてきた。
高等部らしい。知らないけど。
「あ、あの‥‥‥‥」
「その猫、嵯峨くんの?」
「あ? あー、まぁ‥‥‥‥‥」
俺の、というか。
飼い主と飼い猫というより、同居人って感じだけど。
ていうかまず、なんで俺の名前知ってるのかがわからない。
元クラスメートとかか?
さすがに今のクラスメートじゃない‥‥‥‥よな。
「あの、ちょっとだけでいいから触らせてもらっていい!?」
「お願いっ!!」
「私もー!!」
「あー‥‥‥‥‥‥いいんじゃねーの、」
俺が曖昧に答えたと同時、うわーありがとーとか言いながら手が伸びてきて。
りつは、
それが触れる前に、ひょいと俺の肩の上へ乗った。
‥‥‥‥‥‥露骨な逃げ方だな。
「えー‥‥‥‥‥」
「猫ちゃん‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥悪い、なんかこいつ人見知りっぽい」
絶対違う。
ただ嫌なだけだ。
しかも気分的に。
そう思ったものの、とりあえず無難そうなことを言っておく。
そして危機は去ったとわかったのか腕の中に戻ってくるりつを抱えて、
名残惜しそうな複数の目を背中に受けながら、俺は学校を出た。
「にゃあぅ」
「‥‥‥‥‥」
「にゃあ〜」
なんだかそわそわと落ち着かないりつ。
さっき他のヤツに触られるのはあからさまに嫌がったくせに、俺にはやたら甘えてくる。
こいつ、猫らしく結構気分屋なとこあるからな。
構おうとしてもシカトしてくることだってあるし。
だから多分学校まで来たのも、こんなふうにいちゃついてくるのも気まぐれなんだろう。
まあ、嫌じゃないけど。
手に持っていた鞄を肩に掛けて、空いた手で顎をくすぐってやる。
ふわふわして気持ちいい。
りつがぐるぐると喉を鳴らす。
「そんな甘えたいんなら、いくらでも甘やかしてやるよ、りつ」
「にゃあん」
目を閉じ、いかにも満足そうなりつ。
振り回されてるのはわかってるけど、それを見て笑みが深まったことに、俺は自分でも気付いてなかった。