5.本能と
ああ、面白かった。
満足して本を閉じて、ふと横を見たら。
まさむねが、いつの間にかベッドに横たわってぐっすり眠っていた。
拾われたばかりの頃、まさむねは日が暮れてからじゃないと帰ってこなかった。
それが変わったのは多分、俺が化け猫みたいなものって知ってから。
化ければ俺も人間の言葉が喋れるから、それで仲良くなった。
人間なんか嫌いだって言ってたし、ばれた時は絶対捨てられると思ったけど、全然そんなことなくて。
むしろ猫の時、今の方が大事そうに触ってくれる。
俺がただの猫だったらこんなふうになれなかったんだな、って考えたら、特異な自分に感謝なんてしてしまったんだ。
長い長い間、ただただ生きてきた俺にとっては初めてのこと。
まさむねに会ってから、初めてがいっぱいある。
変わりこそしたもののずっと同じ世界なはずなのに、どこか色が鮮やかに見える。
「まさむね」
顔を近づけて声を掛けても起きない。
今日も本を読むのを邪魔されて仕返しに軽く噛んだら、まさむねはふて腐れてベッドに横になって。
どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
別に撫でられたり顎くすぐられたりするくらいなら気にしないんだけど‥‥‥‥‥。
ページ捲るの手伝ったりしてくれるし。
でも本から遠ざけられたら怒るのは当たり前じゃない?
「まさむね〜」
人間の美意識は多分俺とは違うと思う。見てきたものが違うだろうから。
でもまさむねは、特に綺麗なものの部類に入ると思う。
鼻がくっつくような至近距離でじーっと整った顔を眺めて、興味本位でほっぺを寄せてみた。
あ、すべすべ。
なんか嬉しくなって、俺は布団も掛けないで眠るまさむねに乗り上げて、肌を擦りつけた。
元が猫だから、別に他意はなかったんだけど。
「んひゅっ」
ぎゅっと鼻を摘まれて、俺は驚いた。
目をやると、まさむねは呆れ顔で俺を見上げてる。
いつ起きたんだろ。
「‥‥‥‥‥何してんの」
「すりすりしてた」
「発情期?」
「? 俺そういうのないけど」
「じゃあなんですりすりしたんだよ」
「んーと‥‥‥‥‥‥本能的な?」
気持ちいいものにくっつくのは普通じゃないのかと首を傾げれば、まさむねは深々と溜息をついた。
それに混じった「タチ悪‥‥‥‥‥」という呟きにきょとんとする。
「竹割る?」
「‥‥‥‥‥‥‥はぁ、もういい‥‥‥‥‥好きにしろ」
何やら面倒になったらしく、だらりと体の力を抜いて大の字になり、無抵抗を示すまさむね。
俺としては願ってもない状況。
遠慮無く、嬉々としてまさむねにひっついた。
髪を撫でたり、顔を触ったりしてみる。
興味本位でちょっとほっぺをつねってみたら不機嫌そうに眉間に皺が寄ったけど、何も言われなかった。
思う存分まさむねを堪能して、満足した俺は最後にぎゅうっと抱きついた。
胸に耳を押し当てると、とくんとくん、心臓の音。
その心地よさに目を閉じれば、ぬくもりを持った重みが頭を包んで、俺は思わず咲ってしまった。
なんだろう。
ここはすごくすごく安心して、心地よくて、
心臓が壊れそうだ。