晴れの日にふさわしい青空。
 俺はそれを避けるようにして、校舎内にいた。
 今、高校の卒業式が終わり、記念撮影や胴上げの真っ最中なんだろう、外からたくさんの声が聞こえる。
 だから図書室には、誰もいない。



 式で、俺は先輩を見た。
 証書を受け取る姿を目に焼き付けた。

 遠かった。

 片思いしてるだけの時は、その距離をどうとも思わなかったし、むしろ近づいたら逃げていた。
 なのに、ほんの。
 ほんの数ヶ月触れ合ってしまったせいで、俺は駄目になってしまった。
 手をどんなに伸ばしても届かない元の距離に、泣きそうになった。











 先輩は今日、この学校を卒業する。



















 四月から先輩はきっと大学生になって、でも俺はここに残って。





























 もう、会えない。





























「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ッ、」











 先輩がいつも座っていた、図書室の一番奥、窓際の席。
 俺にはひとつだけ未練があった。
 一度でいいから、先輩の正面に座ってみたかった。
 でも先輩どころか誰もいない図書室で、俺はやっぱり、斜め前の席にしか座れなくて。







「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ばかだ、」







 どうして。
 どうして告白なんかしちゃったんだろう。
 どうして先輩は、俺を受け入れてくれたんだろう。
 どうしてあの時、ちゃんと弁解できなかったんだろう。
 どうして。どうして。どうして。























 どうして俺は、先輩をこんなにも、好きになっちゃったんだろう?























「ひぐっ‥‥‥‥うぅ、ふえ、」







 やわらかい日差し、少しひんやりとした空気。
 俺はぼろぼろと一人、涙を零した。
 苦しい。悲しい。寂しい。つらい。しんどい。
 いつになっても先輩のことしか考えられない自分が滑稽で、愚かで、嫌だ。





























 バンッ!!





























 突然鋭い音が響いて、俺は飛び上がりそうになった。
 え、なに? なに!?


 俺が反射的に振り返るのと、
 図書室のドアを蹴破るように飛び込んで来たらしいその人が、書架の間から現れたのは、同時。















「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、あ、」















 真っ先に俺の目に入ったのは、見慣れた学ランの左胸に付いている、ピンクの造花だった。
 ああ、今日までなんだ。
 今日、先輩は卒業するんだ。







 先輩と俺との繋がりは、もう今日までしかないんだ。























「律‥‥‥‥‥‥?」























 驚きで止まりかけていた涙が、また溢れ出てくる。







「先輩、嵯峨先輩、ごめんなさい、ごめんなさい‥‥‥‥‥っっ」
「律、」
「婚約の話は、ずっと前から、親にも彼女にも断ってて、‥‥‥‥‥っごめんなさ、俺がちゃんと、もっとちゃんと親を説得してれば、」
「律」
「婚約、ちゃんと解消してもらいました、俺、俺は、先輩が好きです、騙してたつもりなんか、ないし、俺っ、」







 泣き続けて呼吸が辛くて、酸欠。
 そんな状態でまともに思考が働くはずもなくて、俺はしゃくり上げながら必死に言葉を並べたてる。
 歪んだ視界には何も映らなくて、先輩が本当にそこにいるのか、底知れない恐怖に襲われる。
 触れたかった。
 でもそっちへ行こうとしても、足がもつれて、俺はその場に倒れ込んでしまって。







 最悪だ。
 どうして俺はこうなんだ。
 先輩に見せてしまうのは、いつもいつも、余裕が無くて馬鹿でみっともない自分。
 俺はもう、うずくまって子供みたいに泣きじゃくるしかなかった。





























「律」





























 不意に俺の名前が、聞こえた。
 強い力で上半身を起こされ、そのまま抱きすくめられた。











「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、あ、」











 さがせんぱい。
 さがせんぱいの、においがする。
 さがせんぱいの、こえがする。
 おれを、よんでる。











「ごめん、律」
「せんぱ‥‥‥‥‥」
「こんな泣かせて、ごめん」











 少し息が切れてる。
 三月だというのに、首筋が汗ばんでる。
 走って、ここまで来た?
 走って、俺に、会いに来てくれた?







「律‥‥‥‥」







 きつくきつく、痛いくらい腕に力を込められていたのが、ふっとゆるくなる。
 久しぶりに、先輩と顔を合わせる。
 涙はやっとストックが切れたみたいで、なんとか俺も、見つめ返すことが出来た。


 近い。


 綺麗な黒い瞳には、俺だけが映ってる。
 手をわざわざ伸ばさなくたって、その頬に触れられる。











「律」
「‥‥‥‥‥はぃ、」
「虫のいい話かもしれないけど、聞いてくれるか」
「‥‥‥‥‥はい」
「俺はもう、お前とやり直したいとは思ってねーから」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「お前にもらってばっかりなのは、やめるから」











 嵯峨先輩の視線は、何か腹を括ったように鋭くて。
 それでいて、見たことがないくらい、やさしくて。

 俺は半年以上の葛藤が雪解けのように消えていく感覚の中、ひどく穏やかな気持ちで、次の言葉を待った。















「好きだ、律」







と付き合ってください