「‥‥‥‥‥‥高野さん」
「なんだよ」
「これはどういうことですか」



 律はお子様口で、野菜はほとんど全部嫌いだ。
 ピーマンに始まり人参、パセリ、セロリ、タマネギ、トマト、ほうれん草、ブロッコリー、エトセトラエトセトラ。
 だから俺はそれが全部入ったスープを朝食に出してやった。
 料理作るのは俺だから、こういう仕返しはいくらでもできる。



「体にやさしい特製野菜スープだ。さあ食え律、全部食え」
「子供ですかあんたは!! こんなの嫌がらせ以外の何者でもないですよ、何か俺に文句があるならはっきり言ったらどうですか!!」

「じゃあこの写真はなんだ!!!」



 そこまで言うなら言ってやるよ。
 朝っぱらから嫌いなものを目の前にして不機嫌度MAXの律に、怒り心頭の俺が突き出したのは昨日発売の雑誌。



 律は大学に入ると同時にスカウトされ、それ以降モデルという職業をしてる。
 恋人の俺としてはもちろん嫌だった。
 可愛い律を見せびらかしたい気持ちもあるけど、独占したい気持ちの方がどっちかというと強かったから。
 でもまあモデルなんて出来るのは短い期間であって、大人になれば自然にそういう仕事もなくなって俺だけのものに戻ると思ったから、渋々認めたんだ。

 なのに最近、25歳と文字通り大人になった律は、モデルから俳優に転向しつつある。

 CMにも出るようになったなぁと思ってはいたけど、エキストラっぽかったのがだんだんピンとか主役になってきて、そうこうしてるうちに映画のちょい役なんかにも出始めて。
 今度はゴールデンタイムの連続ドラマにお声が掛かった。
 しかもそれは誰もが知ってる超売れっ子作家・宇佐見秋彦のベストセラー小説実写版で、更に今をときめく若手女優が主人公の注目作品で、律はヒロインの兄という結構重要な役柄。



 ところが、だ。



 その兄には、原作には登場しない恋人がいるらしく。
 俺が買った雑誌に載ってるのは、律と彼女役とのツーショット。
 そいつも元モデルとかでスタイルが良く、まさに「ベストカップル」だと割と大きく取り扱われている。
 記事を作る側も、もちろん一番それらしい写真を選んだんだろう、が。







 たとえ一瞬のことでも、肩が触れ合うほど寄り添って照れくさそうな笑みを浮かべているこいつがものすっっっごく気にくわない!!!







「お前が断りきれなくてモデル始めて、社長さんに泣きつかれて俳優の世界に入ったのは、もうしょうがないって諦めてる。
 でもな、演技だろうがなんだろうが俺以外のヤツとキスしたりすんのは絶対なしって言っただろうが!!!」
「わかってますよ、そんなの俺だってしたくないです!!!
 それはマネージャーや社長にも了解してもらってるし、話が来た時点で監督にも言ってあります!!!
 最大限妥協してもらってるのに、これ以上どこに問題があるっていうんですか!!!」



 自分の主張を、怒鳴るようにして相手に叩きつける俺たち。
 けれど沈黙のまま睨み合うのは、どちらも納得していない証拠。















 どうしてわからないんだ、と。















 多分律も、思ってるんだろう。















 俺としては律が折れるまでいくらでも自論展開したい。
 が、現代人には分刻み・秒刻みの時間というものがあって。







「‥‥‥‥‥‥‥‥遅れる。メシ食うぞ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥はい」







 イライラしたり考え事したりしてたからか特製野菜スープを作るのに必要以上の時間が掛かってしまい、朝食に用意できたのはこれと食パンのみ。
 必然的に大嫌いな野菜を朝っぱらから食べることになってしまった律の機嫌がいいはずもない。
 俺は俺で、さっき改めて見てしまった例の写真が脳裏をちらつく度イライラ。
 結果、俺たちの間に会話などなく。







「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」







 当然のことながら2シーターの愛車内も沈黙が満ちる。
 ちなみに律はいつもマネージャーさんが運転する車で移動するけど、朝家から出る時は駅前とかデパートの駐車場とかで待ち合わせてて、俺がそこまで送ってる。
 認めたくないけどドラマのレギュラーも決まったし、自宅がばれないに越したことはないからな。律の安全のためにも。







「‥‥‥‥‥‥‥来てるな」







 今日の待ち合わせ場所は大通りを一本入ったところのコンビニ。
 外で煙草を吸っていた結構美人なマネージャー‥‥‥‥‥相川さん? は、駐車場に入る車と俺たちに気付いてひらひら手を振ると、傍に止めてあった車に乗り込んだ。
 たまにワゴンだったりスポーツカーだったりするけど、今日はナンバー覚えてなかったら周りと同化してしまう普通のシルバーだ。
 多分スポーツカーが自分の車なんだろうな。あれが一番違和感ないし。
 そんなどうでもいいことを、律がシートベルトを外す気配を感じながら思う。







 あー、引き留めたい。
 ずっと隣に置いておきたい。







 でも撮影終わって帰ってくるこいつは疲れ切ってるけどどこか生き生きしてるし、雑誌やテレビに出ている自分を見る度 決まり悪そうにするものの、表情とか動きとかちゃんと確認して研究してる。
 俺は詰まるところ、そんなこいつが好きなんであって。
 辞めろ、なんて、言えるわけがないんだ。
 どうせ折れなきゃいけないのは俺なんだから、さっさと謝っちまうか‥‥‥‥‥。



「‥‥‥‥‥‥‥律」
「高野さん、」































 ちゅ































 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥頬に、何かが触れた。























「‥‥‥‥‥‥っ、帰り、何時になるかわからないんで、またメールしますから!! それじゃ、送ってくれてありがとうございましたっ!!!」











 いってきます!!! と怒鳴るように言って、直後慌ただしい動きがあって勢いよくドアが閉まる。


 静かになる車内。
 今は俺一人しかいないから、さっきとは違う沈黙。
 でもさっきまで隣にあった存在が、完全に俺を支配する。
 とりあえず浮かれて事故らないように気をつけないとな、なんて、真っ白になった頭の隅で思った。







 ロケが朝まで掛かるから帰りは明日の昼になる、と律からメールが来てまた激怒するのは、それから10時間後。







嫉妬も喧嘩ものうち。