俺の父親は小野寺出版という、割と大きな出版社の社長だ。
 一人息子である俺は、「跡取り」として周囲から認識されていた。
 俺も、まあそうなるのかななんて、漠然と思っていたわけなのだけど。











 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥なぜか25歳の今、少女漫画家という職業をやっている。











 きっかけは大したことじゃない。
 俺は何より本を読むのが好きだった。それは間違いない。

 じゃあその次に好きなことは何かって言われたら、絵を描くこと。

 といってももっぱら風景画とかで漫画なんてほとんど縁のない生活をしていたのに、
 留学先で当然のように入った文芸部で、文化祭のポスター制作を頼まれた。
 親しみやすい方がいいだろうと思って、記憶の奥底に眠る漫画のキャラクターを自分なりにアレンジして描いたら、
 予想外なくらいに受けて。
 なんだかんだとやってるうちに、友達の初恋話を膨らませて描いた漫画を帰国後に応募してみたら、
 新人賞みたいなのになってしまって。

 あれよあれよという間に、俺はアシスタントまで抱えるような漫画家になってしまっていた。















「よっし、終わったーー!!」



 俺がつい上げた声で、アシさんたちの緊張がゆるんだ。
 これで、今月中が締め切りの原稿は全部おしまい。
 普段から考えればぎりぎりだ。
 でも各出版社の担当さんが入稿の度、異口同音に「漫画家がみんな織田さんみたいなDNAの持ち主ならいいのに‥‥‥っっ!!」って
 マジ泣きするくらいだから、多分他の漫画家さんに比べてペースはいい方なんだろう。
 まあそれもこれも、新鋭アシさんたちのお陰なんだけど。


「じゃあ、もうみんな上がっていいよ。お疲れ様」
「あっ織田先生、私まだ時間あるし、次の原稿のお手伝いしますよ!!」
「私も!!」
「いやでも‥‥‥‥」
「先生〜〜やらせてくださいっお願いします!!」


 さっきまで三途の川に半身浸かってるような状態だったのに、今妙に生き生きしながらアシさんたちが迫ってくる。
 好きなんだよな、この仕事。
 それがひしひし伝わってくるから、次の修羅場に備えて帰って休めなんて、言えない。


「わかった、ありがとう。じゃあ一時間休憩にして、それからやろうか」
「はいっ!!」
「あ、じゃあ私お茶淹れますね!! キッチンお借りします」
「そうだ、上の戸棚に、こないだ担当さんにもらったクッキー入ってるよ。巷で人気のやつらしいから、みんなで食べよう」
「えっやったー!! ありがとうございますー!!」


 キッチンに移動して若いアシさんたちがわいわいやっているのを微笑ましく思いながら、原稿を纏めて封筒に移していると。

 ピンポーン、と、チャイムが鳴った。

 ああ、もうそんな時間か。
 作業机よりキッチンの方が玄関に近いから、アシさんたちが「はーい」と答えてさっさとドアへ向かう。
 早く見たいのはわかるけど、そんな大勢でぞろぞろ行かなくても‥‥‥‥‥



 ガチャ











「‥‥‥‥‥ん?」











 肩すかしを食らった気分。

 新しく描くことになった雑誌の、俺の担当になる人は、他社の人も知ってるくらい有名人らしかった。
 とにかくやることなすこと半端じゃなくて、相当強引で横暴だけど、ヘボ雑誌をたった一年で出版部門一位にまで押し上げたとか。
 そんなやり手編集長は顔までいいらしい。
 といった、他社の担当さんたちの噂話をちらほら聞いて、アシさんたちは今日来る予定のその人に興味津々だった。
 彼女たちのことだ、奇声のひとつやふたつ上げるだろうと思ってたのに、現実は静かだ。静かすぎる。



 思い描いていた通りの王子様じゃなかったのか、それとも‥‥‥‥‥‥



















「失礼します」





























 思い描いていた以上の、王子様だったか。





























「初めまして。丸川書店エメラルド編集部で編集長をやっております、高野政宗と申します」















 うわ、すごいイケメンだな。


 と、男の俺が自然に思ってしまうほど、その人は格好よかった。
 背高いし、スタイルもすごくいい。
 少女漫画の編集者っていうより、「憧れの人」とかで少女漫画にそのまま出てきそうな人だ。



「初めまして、織田律です。本名は小野寺律といいます」
「よろしくお願いいたします」



 やわらかい物腰、完璧な微笑、ちょっと硬い敬語もすらすら出てくるから嫌味に感じない。
 差し出された手を握ると、切れ長の目がすっと細くなる。


「ご高名は予予伺っております。まだまだ小さいエメラルドでの連載を承知していただけるとは、正直思っていませんでした」
「エメラルドは有名ですよ。一分の隙もない、というのが俺の印象です。
 そんな急成長してるところに俺の作品が載るのは、ちょっと怖いですね」
「ご謙遜を」


 その時俺はやっと、彼の背後にいるアシさんたちに気がついた。
 ああ、見てる。
 後ろ姿すごい見てるよ。
 正面に回れないのは、目の保養を通り越して目が潰れそうだからだろうか。
 お湯が噴いてるのに気付いてほしいんだけど‥‥‥‥‥無理だな。息するのも忘れてそうな顔だし。


「今ちょうど休憩に入ったところなんです。申し訳ないんですが、部屋を移動しても構いませんか?」
「ええ」
「えっ織田先生!! 私たちが移動しますからいいですよ!!」
「いいよ、ここは広すぎて落ち着かないし、みんなの憩いの場みたいな感じだし。お茶ふたつもらってもいい?」
「あ、はいっっ」
「そうだ、これよろしければ」


 高野さんが、手にしていた包みを俺に渡す。
 お菓子っぽいけど‥‥‥‥‥
 ていうかこのロゴって。


「これ‥‥‥‥こないだ日本に進出してきたばっかりの超有名店のじゃないですか」
「そりゃあ、少女漫画界の超新星にお会いするんですから」
「やめてくださいよ。俺なんかただのひよっこです」


 そういうふうに言われるのは苦手だ。
 親が会社の社長っていうのもあって、学生時代から、近づいてくるのは小野寺の名前を利用したいとか、金目当てとか、
 「知り合いになっとけば将来何かの役に立つかも」っていう下心丸見えのヤツばっかり。
 だから俺は、「褒める」と「おだてる」の区別が未だに付かない。
 みんなが言ってくれるほど、自分の実力がないことだってよくわかってる。
 俺は中途半端だ。人間としても、漫画家としても。
 こういう仕事をしてるくせに、やっぱり読むのはハードカバーの方がずっと好きだし。











「‥‥‥‥‥自信がないんですか」

「へっ?」





 不意に、呟くような低い声が聞こえて、俺は顔を上げる。
 ちょっと驚いた。
 口元はさっきと同じ笑みの形だけど、俺より高い位置にある瞳が、すごく真剣だったから。



















「評価されるだけの努力をしてるんだから、もっと堂々として然るべきだと思いますよ」



















 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥あれ、この人。
 第一印象とは、ちょっと違う人なのかもしれない。
 素が垣間見えた気がした。


 まあとりあえずアシさんから紅茶とクッキーをもらって、編集さんとの会議室と化している部屋へ移動する。
 ちなみにだけど、ここはそこそこいいマンションの最上階だ。
 住んでる理由はただひとつ。でかいから。
 俺の場合一般的な一人暮らし空間にプラスして、ここで仕事をする全員分の作業机を置く場所がどうしても必要だ。
 だから寝泊まりは基本俺だけにしても、俺とアシさんが同じ部屋で作業するとなると、結構まとまった広さが必要なわけで。
 結果的に部屋数とかが明らかにおかしいこのマンションに居を構えている。
 まあ俺としては、プライベートスペースをどんなにぐちゃぐちゃにしても仕事場とか応接室に影響がなくて済むから、
 相当助かってるんだけど。







「改めまして。織田先生の担当をさせていただきます、高野政宗と申します」







 アシさんたちの熱いビーム光線がなくなり、机を挟んで向かい合う形で腰を落ち着けてから名刺を受け取る。
 そこには確かに、編集長の肩書き。
 いや、疑ってたわけじゃないけど‥‥‥‥。



「他社の編集さんも、高野さんをご存じでしたよ。敏腕編集長さんだって。だからもうちょっと年上の方を勝手に想像してました」
「敏腕なんてとんでもありませんよ。年は27です」
「えっそうなんですか!? 俺25なんですよ、近いですね!!」



 ふたつ年が違うだけでこんなに違うもんなのか。
 というかやっぱり、この人がすごいんだろう。
 でもいつの間にやら俺の尊敬の念が視線に乗っていたらしく、高野さんが苦笑する。


「俺は先生が今思ってるほどすごい人間じゃないと思いますよ」
「え? ‥‥‥‥‥‥うわわ、すみません!! なんか俺、めちゃくちゃ不躾にじろじろと‥‥‥‥っっ」


 慌てて無意味に両手を振りながら弁解しようとするけど、やっぱり無意味。
 恥ずかしくてたまらなくて、かーっと顔が赤くなる。
 もうこうなると俯くしかない。


「す、すみません‥‥‥‥‥」
「いいえ。素直な方ですね、小野寺さんは」
「ううぅ‥‥‥‥‥」


 わ、笑われてる‥‥‥‥っ。
 しっかりしろ俺。高校生じゃあるまいし。
 なんとか気合いを入れ直して、優雅に紅茶を飲むその人に向き直る。


「え、えっと。今日って、契約とかプロットとかの打ち合わせをするってことでいいんですよね?」
「表向きはそうですけど、堅い話をする気はありません。
 電話以外では初対面ですし、まあお見合いみたいな感じで、お互いのことを知れたらいいかなと」


 眼光は抜け目ない感じで鋭いけど、少し目を細めるだけでやわらかい雰囲気になる。
 やっぱり、違う。
 どこが、っていうはっきりしたところはわからないけど。
 他の担当編集さんたちが無能だなんてこれっぽっちも思ってないけど、でも確かにこの人は、何か違う。
 なんだろう、オーラってやつか?
 とかどうでもいいことを考えてるうちに、話題が一歩仕事に踏み込んだものになる。


「プロットに関しては先日お伝えしたとおり、この間いただいたもので結構ですので。ネームお待ちしてます」
「あっはい、わかりました」
「それで、つかぬ事を伺いますが‥‥‥‥小野寺さんは結構、恋愛とかされているんですか?」




 ‥‥‥‥‥‥‥‥なんだ急に。

 つい身構えると、高野さんは「すみません」と呟く。


「俺は小野寺さんのデビュー当時からファンで、小野寺さんの作品は全て読ませていただいてるんですが‥‥‥‥
 纏う空気が他の作家さんとは違う、というか。やさしいばかりじゃない時がありますよね」
「‥‥‥‥‥そう、ですかね」
「少女向けというより、大人でも考えさせられるような台詞や場面がよくあって、ずっと気になっていたんです。
 失礼な質問なのは充分承知してるんですが‥‥‥‥」




 俺にとっては一番触れられたくない傷だ。
 初対面でそこまで踏み込まれて、正直少なからず戸惑った。

 それでも、まあ話してもいいかと思ったのは、ひとえに彼が初対面だからで。
 褒められるばかりだった俺の漫画をそんなふう言ってきたのは、この人が初めてだからというのもあった。



















「‥‥‥‥‥‥俺、恋愛は一回しかしたことないんです」
「え?」
「その人と付き合えたんですけど、遊ばれてたみたいで。それがショックで、もう恋愛なんかしないって決めたんです。
 それからは誰かを好きになったことはありません」
「‥‥‥‥‥‥」
「少女漫画家やってる俺が恋愛経験ほとんどないなんておかしいとは思うんですけど。
 まあでも、友達ののろけとかアシさんたちの恋バナとか、周りに素材はいくらでも転がってるのであんまりネタには困らないんですけどね」



















 十年経った今もまだ、あれを「いい思い出」と割り切ることはできない。
 未だに根に持って、引きずってる。
 だから俺の漫画にも、単純に好き合ってくっつくだけじゃない暗い要素が、自然に入ってしまうんだと思う。
 どんだけ好きだったんだよ俺、と、つい嗤いがこみ上げてくる。

 それに対して、僅かに沈黙していた高野さんが、口を開いた。











「‥‥‥‥‥‥‥その最初で最後の相手って、どんな人だったんですか」
「いえ、それは‥‥‥‥」


「中高一貫校の図書室で知り合った、二つ年上の男とか?」























 咄嗟に、意味がわからなかった。

 でも反射的に伏せがちだった顔を上げる。

 その人の雰囲気はいつの間にか、まるで別人みたいになっていた。
 さっきみたいな些細な変化じゃない。
 眉間に皺を寄せ、俺を睨みつける。





























「――――――――――やっぱりお前か。織田律」





























 “織田律”は、俺のペンネーム。
 本名はさすがにやめておこうと思ったもののいい響きが浮かばなくて、
 中高の時先輩に俺がストーカーと気付かれないように、貸し出しカードに書き入れていたその名前を使った。
 今となっては“織田律”は表用の名前だ。
 知ってる人は知ってる。



「‥‥‥‥‥‥‥‥あの、高野さん?」
「お前その名刺見て、何も気付かなかったのか」
「え?」



 高野さんは雰囲気も口調もがらりと変わってて、俺は混乱したまま、テーブルに置いていた名刺に目をやる。
 丸川書店エメラルド編集部編集長、高野政宗。
 なんの変哲もない。

 ただ名前は確かに、珍しい―――――――――――――けど、





























「親が離婚して、名字変わってるから。旧姓は嵯峨」


「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は、?」











 いや。


 いやいやいや、有り得ないだろ。


 嵯峨?

 嵯峨、政宗?

 ぐ、偶然‥‥‥‥‥‥‥‥?



「今さっき喋ってたのって俺のことだろ」
「へ? あ、あの‥‥‥‥‥?」
「遊ばれたってなんの話だ。人に回し蹴りして次の日から消息不明になっといて」











 冗談‥‥‥‥だろ。
 冗談だよな?











「だ、だって『俺のこと好き?』って聞いたら、鼻で嗤った‥‥‥‥‥」
「んなことしてねーよ。したとしてもただの照れ隠しとかだろ」







 ちょ、ちょっと待て。お願いだから待ってくれ。





























「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ホントに‥‥‥‥‥‥嵯峨先輩、なんですか‥‥‥‥‥」





























 後生だから、誰か夢だと言ってくれ。







「あれからずっと捜してた。でもお前の実家も知らねーし、どうしても見つからなくて‥‥‥‥‥
 だから大学の時、本屋で新人の少女漫画家“織田律”のフェアやってた時は、マジでびっくりした」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥っ、」
「俺が少女漫画の編集になったのは、お前に会うためだ。どうしても確かめたかった。お前が、あいつなのかどうか」











 目の前にいるのが、他でもない十年前の初恋の相手?
 俺を捜してた?
 俺に会うために少女漫画の編集になった?

 鼻で嗤ったのが、照れ隠し‥‥‥‥‥‥‥だった?



 俺の思考回路は完全にパンクしていた。
 だからその人が席を立って俺の方に回り込んできたのも、見てはいてもわかってなかった。























「っうわ、!!?」























 もやもやしてたのが強制的に吹っ飛ばされる。
 ようやく認識できた視界には、高野さんと、天井。
 俺はソファに押し倒されていた。







「っちょ、な、なに、高野さ‥‥‥‥‥っっ!!」
「‥‥‥‥‥長かったな、十年。会えちまえばあっという間だった気もするけど」
「離してください!! ていうか、たとえあれが誤解だったとしても、もう十年も前の話でっ」
「ああそうだな。じゃあこれからの話をするか」







 暴れても暴れても、どうしてもその人の下から抜け出せない。
 それどころか両手首を片手で纏められてしまい、空いた手が俺の顎を掴む。

 目が合った。

 忘れよう忘れようとしてきたから、俺は先輩の顔もろくに覚えてない。
 だけどそんなもの飛び越して強い瞳に射抜かれて、体が竦む。



「俺がお前に会いたかったのは、どうしてもお前を忘れられなかったからだ。でも今日実際に会って、俺は今のお前に惚れ直した」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」
「お前が好きだ」

















 ふ、ふざけんな!!!

















「何言って‥‥‥‥からかうのもいい加減にしてください!!
 大体なんですかっ惚れ直したって、まだ会ってから一時間も経ってなっ」
「お前だって昔、一言も会話したことない俺に好きって言っただろーが」
「そ、それは‥‥‥‥‥‥!!!」



 それとこれは違う。絶対に違う。
 でもどう反論すればいいのかわからない。
 どうしよう、怖い。
 この人の真っ直ぐな視線が、言葉が。
 ずっと封じてきた気持ちがこじ開けられそうになる感覚は、恐怖でしかない。

 俺は逃れるまでいかなくても、なんとか身をよじってその人を視界から消した。
 それでも声が追いかけてくる。





























「好きだ、律」
「‥‥‥‥‥‥っ今更‥‥‥‥‥っっ!!!」
「律‥‥‥‥」





























 やさしくなだめるように名前を呼ばれて、泣きそうになる。
 お願いだからやめてくれ。
 壊れてしまいそうだ。







 その時、この緊迫した空気の中、間抜けなくらい明るい音楽が聞こえてきた。
 はっとして時計に目をやると、いつも閉まっている小窓が開いてメロディが流れている。
 仕事をしてると集中して時間感覚がなくなるから、時計は一時間毎に結構うるさい音を出すやつを使ってる。
 それが俺たちを現実に引き戻してくれた。







「‥‥‥‥‥チ」







 どうやら彼は用事があるらしい。
 時刻を確認して小さく舌打ちすると、俺の上からどいた。
 ああ、助かった。
 絶対的な圧迫感がなくなり、俺は心の底から安堵しつつ上半身を起こす。

 でも俺のほっとした顔が気にくわなかったらしい。
 荷物を纏めたその人は、つかつかと俺に近寄ってきて。



















 完全に緊張を解いていた俺の後頭部を引き寄せて、俺の唇に自分の唇を押し当ててきた。



















 俺は何が起こったかすぐにはわからなくて、近すぎてぼやけた端正な顔を、唖然として見つめることしかできなくて。

 結局なんの抵抗もできないまま、その人が離れていく。











「‥‥‥‥‥‥‥え゛? な、え、ちょ‥‥‥‥‥‥っっ」











 再びパニックに陥る俺に背を向けたその人は、しかし部屋を出る直前、振り向いた。


 そして、はっきりと宣言する。





























「もう一回俺を好きにならせて、絶対に好きって言わせるからな」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は、はあ!!?」
「逃げんじゃねーぞ、つか逃げても無駄だ。地獄の果てまで追っかけてまたとっ捕まえてやる」





























 冗談‥‥‥‥とは思えない鬼のような形相。
 ばたんと、ドアが閉まる。
 これが夢なら、とにかくさっさと目覚めてほしいと、俺は必死になって祈った。

















 この有り得ない再会の後、俺たちがどうなるか、なんて。



 確信じみた自信を持つあの人も、



 拒絶以外に選択肢なんかない俺も、











 まだ誰も知らない。






   Von Hier an Blind






(その先を創るのは、否応なしに、俺たち二人)